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東京地方裁判所 昭和36年(むのイ)72号 決定

被告人 石濃武夫

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する公務執行妨害傷害被告事件について、昭和三十六年二月三日東京地方裁判所裁判官飯守重任がした保釈却下決定に対し、弁護人上条貞夫、松本善明、斎藤忠昭、真部勉から刑事訴訟法第四百二十九条による請求があつたから、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

原決定を取消す。

被告人に対する保釈を許可する。

保証金は金五万円とする。

出監の上は別紙指定条件を誠実に守らなければならない。もしこれに違反するときは、保釈を取消され、保証金も没取されることがある。

理由

一、本件請求の趣旨及び理由は、弁護人上条貞夫他三名作成名義の「準抗告の申立」と題する書面に記載してあるとおりであるから、これを引用する。

二、被告人の行為が、デモ隊の動きの中で行われたものであり、その状況を終始一貫して的確に把握することの困難なこと、被告人が捜査官等に対し被疑事実や氏名等について黙秘していたことは原決定の指摘するとおりであり、かゝる事情の存在する場合には、そうでない場合に比して、一般的にいつて被告人が罪証を隠滅する虞れが大きいと認められる。しかしながら、右のような事情を考慮するとしても、現在の段階においては、捜査が一応完了していること、被害者、目撃者が警察官であり、したがつてこれらの者に対し被告人の側から働きかけて真実をまげる虞れのないこと、被告人の身許が判明していること等の事情が認められるのであつて、被告人が罪証を隠滅する虞れはほゞないものと認められる。

三、以上の理由により、本件請求は理由があるものというべきであるから、刑事訴訟法第四百三十二条、第四百二十六条第二項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 横川敏雄 緒方誠哉 吉丸真)

指定条件(省略)

準抗告の申立(省略)

参考

保釈請求却下決定

被告人 石濃武夫

昭和一五年八月一七日生

右の者に対する公務執行妨害傷害被告事件について昭和三六年一月三一日弁護人上条貞夫から保釈の請求があつたが、刑事訴訟法第八十九条第四号の場合に該当すると認められるので、検察官および弁護人の意見を聴いて、これを却下する。その具体的理由は別紙の通りである。

昭和三六年二月三日

東京地方裁判所刑事第一四部(二〇ノ二)

裁判官 飯守重任

別紙

一、被告人は逮捕当時から、司法警察員や検察官の取調並びに裁判官の勾留質問に際しては、厳密な黙秘権の行使と調書に署名押印拒否をなしており、被疑事実についてのみならず、憲法上黙秘権行使の対象とならない自己の氏名、年齢住所等についても一切黙秘して居る。(昭和三十二年二月二十日大法廷判決参照)

二、起訴事実については、被害者その他目撃警察官の供述調書等により一応その立証はなされている。

三、然しながら、被告人は昭和三十六年二月一日の勾留理由開示法廷において意見として陳述した中に、自己の具体的行動には触れず逮捕当時自己のオーバーや学生服の破損の状況を述べ、却つて自己が警察官から暴行を受けた被害者である旨の陳述をなしたのである。(右勾留理由開示手続の録音テープ及び速記録参照――この趣旨は同法廷で第二人目の意見陳述中に弁護人が更に詳細に解説している。)

四、デモ隊の行動の変化は迅速且つ複雑で、各人の行動も集団、人垣の中で素早く行われるので、終始一貫してその状況をすべて具体的に的確に把握することは、甚だしく困難である。従つて瞬間瞬間の変化の中に随所において虚偽の事実を捏造する可能性は、少数人による行動の場合に比し、極めて大である。

五、以上の各点を綜合すると、現状況下において、若し被告人の保釈を許可するにおいては、デモ共同参加者に働きかけ、これと通謀して、目撃警察官の供述の信憑力を薄弱ならしめ或は歪曲する如き供述を口を合わせてなし、或は逆に被告人が逮捕直前却つて警察官から暴行を受けたかの如き状況その他の状況を同一方法で作り上げ以て罪証をいん滅し、公判裁判所の事案の真相把握を不可能にし、又は少くとも著しく困難にする虞が十分に存在する。その困難さは、不当に公判の審理を長期間にわたらしめることにもなる。

六、以上が刑事訴訟法第八十九条第四号による大体の理由である。

七、尚、被告人が目下学年試験中であることその他一切の個人的事情を検討しても被告人を裁量保釈すべき理由は存在しない。

以上

公訴事実

被告人は昭和三十六年一月二十日東京都学生自治会連絡会議主催の下に約五百名により行われた新島ミサイル試射場設置、国公私立授業料値上げ反対全都学生総決起大会の集団示威運動に参加したものであるが、同日午後四時頃東京都港区芝虎ノ門二番地先の車道上において右集団示威運動の隊列が警察官の警告に従わず交通の妨害となるような蛇行進を行つたため警視庁第五機動隊第二中隊長井上善正が部下を指揮しこれを制止せんとした際同人に対し所携のプラカードにて頭部、肩部、右手部を殴打し、もつて同人の職務の執行を妨害し、右暴行により同人に約一週間の加療を要する右手部打撲傷を負わしめたものである。

罰条

刑法 第九五条第一項

同法 第二〇四条

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